行動する人・頑張る人がいい人でそうでない人がダメな人ではないのです。
何かの情報を受けてたくさん心にダメージを受ける人は自分を守る術を知りましょう。
京アニの事件
京アニこと京都アニメーションの放火事件が起きてから3日ほど。
アニメをよく見る方なので京アニの事件は例に漏れず衝撃的なものでした。
この事件、
- 国内の放火事件としては人的被害が甚大だった事
- アニメ製作会社としてその品質の高さからアニメ好きを中心に広く知られていたこと
もあり、そこに対して何かしてあげようという動きがいち早く起きていますね。
さて、この放火事件を含めて、世に流れるニュースの多くは、直接の影響やできることは少ない割に心の負荷は高いことが多々あります。メディアは話題性があるほどとりあげ、ニュースをつけるとさもその事件だけが起きてると錯覚させるほどにとりあげてくる。
この状況、結構精神的に負荷が高くはないでしょうか。
このあたりは個人差があると思うのですが、見れば見るほど落ち込み、でも何もできない、そんなもどかしさがすごく心の負担だけになってしまうと思うのですよね。
もちろん「少しでもできる何か」があったりするのですが、目を向けるのもツラい。
そう思ってしまう人はいませんか?
いっそのこと何もしないという選択をしてみてはどうでしょうか。
僕の好きな漫画、鋼の錬金術師に「やらない善よりやる偽善」という言葉がでてきます。
内乱が起きている中、人種の違う怪我人を助ける医者夫婦が言ったセリフです。
(メインキャラクターの両親で、その後亡くなってしまうのですが)
すごくいい言葉ですよね。いいと思う。
この言葉に心を動かされた人もいるのではないでしょうか。
でもね。
やらない人を悪者扱いするのもすごく嫌い。
みんな行動できるほどみんなが強くはないと思うんですよ。
ツラい場面に出くわしたとき、普通の人が心に1のダメージを受けるところ、5や10のダメージを受ける人もいるんです。
1のダメージしか受けない人は、平然として10のダメージを受けた人に「僕らにできることやろう?それが人間として当然のことだよ!」なんて言ってしまうわけです。
このダメージ量の差は簡単には変えられないと思うんですよね。
だからこそ、10のダメージを受けた人は、1のダメージしか受けてないとの違いを自覚して欲しい。
無理しないことが自己防衛であると気づいて欲しいです。
まとめ
- 何かの事件を知った時、第3者のことであっても心への負担が大きい人もいれば小さい人もいる。
- ツラいと思ったら情報をシャットアウトしてもいいし、何もしなくてもいい。
- 事件に対して抱く感想なんて人それぞれでいい。無理に足並みなんて揃えることはない。
ただ、みんなの足並みが揃ってることに安心感を覚える人もいるから難しいことではあります。
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